●振り返れば十年

私、黒辺あゆみは2024年で商業デビュー十周年となるわけですが。  小説家として十年目にあたり、我が身と周囲の景色を振り返ってみて、思うのです。 「私がデビュー当時に憧れた、WEB小説界で輝いていたあの作家様方は、いまどこにいるの?」

私が書籍化デビューをした頃。同じ書籍化デビューであっても私と違い、WEBに載せいていた作品が次々と書籍化されていき、常に「重版しました!」というお知らせが流れる――なぁんていうWEB作家さんは、それこそゴロゴロいました。投稿サイトでのPVもポイントも私の作品とは段違いで、まさしく「輝ける星」な人たちばかり……だった。はい、過去形です。  けれど今周りを見渡してみて、その人たちが今どのくらい現役で小説を書いているんだろう?  それだけではない。  私が「カクヨムWEB小説コンテスト」を受賞したのは、書籍化デビューをして五年目のことだった。そのコンテストで同じく受賞した作者方は、コミカライズが続いている以外で、どれだけ執筆を続けているのか?  そんな疑問を抱くようになったのは、朝日新聞でこの記事を読んだからだ。

(寄稿)夢叶えても、人生は続く 諦めた先の日々、大人の腕の見せ所 額賀澪:朝日新聞デジタル

記事にはこんな一文がある。

叶えた夢は日常になり、当たり前の仕事になる。その先には、「この仕事を続けられるか否か」という新たな関門がある。同時期にデビューした同業者の名前をいつの間にか聞かなくなって、自分にはまだ仕事があることに安堵して、同時に背筋が寒くなる。

その通り、「夢を叶えた後でも、人生は続く」んですよ。それを私は十年間、実感しまくっておりますけれども。  私が幸いにも筆を折ることなく、こうして小説家を続けている理由を考えてみる。恐らくそれは「受賞作」が「デビュー作」ではないからだろう。

●最初にして、最大のしくじり

私はデビュー作「宰相閣下とパンダと私」で、致命的な失敗を犯したと思うことがある。  それは、デビュー作を「完結」させてしまったことだ。

「完結」させることのなにが悪いのか? と思われるかもしれない。  小説投稿サイトでは、途中で連載が続かなくなることを「エタる(=エターナル(永遠)に更新されなくなる)」という呼び名で皮肉られ、それは「腕のない作家」というレッテルだ。だからだろう、「私はエタり作家ではない、ほら、ちゃんと完結できたよ!」とアピールするために、完結できる短めの作品をずらりと並べている作者をよく見かける。  私も当時はそのあたりの評価を気にして、「私はちゃんと腕があるからデビューできたのだ」というアピールをしたくなったわけで、そのためにデビュー作を完結させた。  けれど、これが落とし穴だった。  書籍化は、人気があると思われたから声がかけられたのだし、完結してしまうということは、人気作を失うということでもある。デビュー作を「書き続ける」という選択肢を捨ててしまったことは、私の小説家人生最初にして最大の失敗だろう。  それに、私が編集側の求める作家像を読み誤っていた、というしくじりもあった。  というのも、ぶっちゃけ編集にとって「作品が完結までの道筋がとれているか?」などということは、全く問題ではない。何故って、人気が無くなれば打ち切ってしまえばいいからだ。適当に締めっぽく巻末を終われていればそれでいいのであり、完結云々というのは、完全に作者の自己満足のエゴでしかない。  むしろ編集が求めていたのは、「安易に完結せずに延々とネタを生みだし続ける力」だ。  だって、よくよく各レーベルの人気作を見てみるといい。十巻オーバー、下手すると二十巻を越えている作品がいくつもあるではないか。それに単発作品よりシリーズ作品が好まれるのは、昔からの傾向である。

私が書籍化デビューをしたアルファポリスでは、その後書き下ろしでいくつか本を出させてくれたが、これもまた後になって反省することがある。  それは、何故私はその書き下ろしを「WEBに連載版を載せていいですか?」と許可を得なかったのか? ということだ。  まあ理由としては、「書き下ろしができる小説家」というのがステータスだという思い違いがあったからなのだけれども。それに当時は今のようにレンタルシステムが整っていなかったし、「書籍化作品はWEBから下げなければならない」というルールがある、という事情もあった。連載をしても、長く置いておけないことは既定路線だったのだ。  今なら編集サイドもWEBに載せることを勧めてきたのかもしれないし、これは時代が悪かったとも言えるか。

●決断が私を救う

けれど幸運にも私は「カクヨムコン」の受賞という、やり直しのための第二のデビューチャンスを得ることができた。  受賞当時はそんな深いことを考えていたわけではないけれども、書籍化作家となった後が転がり落ちるばかりだったこともあり、「この幸運を次は絶対に最大限に引き延ばす!」と決意したのは言うまでもない。  決意だけでやっていけたのならば、世の中は成功者ばかりになるだろうけれども。この時の私の決断が、今の私を助けているな、とは思う。  その決断とは、「恋愛路線」を捨てたことだ。  それまでの私は、プロットの時点からヒロインとヒーローの恋愛に主軸を置いたストーリー構成で書いていた。けれど受賞作である「百花宮のお掃除係(当時のタイトルは『推定公主』だった)」を選んでくださった編集さんから、「恋愛は流行らない」と助言を受けたのだ。  本当に、これが大きかった。  この作品はその時点では、さほど恋愛色を出す段階ではなかった。なので「あ、そうなんですね」とこれまでの「恋愛路線主義」をあっさりポイっと捨て去り、「ヒロインとヒーロー」ではなく、「主人公とその相方」にシフトチェンジしたわけだ。まあ、恋愛路線が拒否されがちだということに、私も薄々気付いていたからこそ、あまり恋愛色を前面に押し出していなかった、というのもある。  けれどこの決断の裏には、当時の「恋愛モノ離れ」の流行以外にも、私の中でもうひとつ理由があった。恋愛を主軸とすると、どうしてもゴールが決まってしまうという、このジャンルの「弱点」に気付いたのだ。  恋愛ジャンルの弱点とは、すなわち「両想い」もしくは「結婚」だろう。この「両想い」なり「結婚」なりを迎えた後のストーリーは、どうしてもバカップルのイチャイチャ話で占められてしまい、読者も「もうお腹いっぱいかな」と離れて行く傾向にある。  つまり、恋愛路線は長く書き続けるには向かないのだ。  単発本を出しては売れないことを繰り返していた私は、長く書き続けられる作品が切実に欲しかった。だからネタが続きそうな方へと突き進むことにしたのである。  けれどこれはこれで、なかなかにいばらの道でもあった。何故って、ネタなんていうものは、そうそう簡単に生まれないからだ。  これについては、やはり朝日新聞の記事で、「モーニング娘。」のプロデューサーであるつんく氏も言っていた。彼をもってしても、曲を書くのは「降りてくる」のではなく、「絞り出す」ものだということだ。これはあのアルフィーの高見沢氏も、同じことを言っていた記憶がある。  彼らでさえそうなのだから、私レベルだったならば、ネタの枯渇した脳みそに何度も「まだあるだろう!?」と揺さぶりつつ、とりあえず書けそうな方向へ見切り発車で進むしかない。作者本人ですら行く末の見えないという、恐ろしい状態である。けれど、これが小説家の現実なのだろう。